2025.07.21
退路が有るのか無いのか?
ありがたいことにダイエット希望会員の応募が未だに来ます。
先日はダイエット時代の会員様とたまたまお会いして、結構強めに会員復帰したいと言われました。
じゃあ、何か捨てましょうか!!その大きさで考えさせてください☆と言いましたら「それは違うじゃないですか!」と。
違くないのですよ。それでしかない。
何故か??
やると決めるだけなんか決めたうちに入らないからです。
そうやっていとも簡単に折れる挫折しっぱなしな人を散々っぱら見てきましたのでね。
これはよくダイエット時代でも言っていたことですが、決意はすぐに揺らぎます。
決めるということをバカっぽくやってみると、よくよく理解できると思いますが例えば??
よし、きーめた!!の反対は、やっぱり、やーめた!!なのですね。
決めて断つものがあるかどうか?が決断です。
決意というのは買い物をする際に→これは欲しいけど財布の痛むお金は払いたくない&何かを得るには財布が痛むことを一切わかってないということです。
買うと決めたのにお金は貯めないとかね。
そんな人に結果なんか出やしませんことはわかりきっています。
そして、断つもの=諦める選択のことです。
諦める選択肢を無くすだけで進まざるを得なくなりますので、そこに自分を持っていけるかどうかです。
そこに自分を持っていけない人の痩せたいです!キレイになりたいです!○○が好きです!〇〇したいです!なんぞ、1ミリも信用に値しないのですね。
諦めるという退路が有るのか無いのか??
この差はあまりに大きく、退路が有るのか無いのか?
実は最初の時点で決まっているのだなと感じます。
退路がある人は無責任に諦めれば済みます。
自分の気持ちに正直になれば良いんだよという耳障りの良い言葉を言えば、周りがどうこう関係なしに無責任に放棄できますから。
他の誰のことも考えず、人と何かを成すということを放棄するのも悪いとは言いませんが、結局は誰も残りません。
残らないからいつまでもどこかで「私も機会があれば痩せれるんだ」と吠えるしか無くなるんです。
物事を成就させるには期待感と危機感が必要だと言います。
頭ん中がお花畑で期待感だけですと危機で折れますし、危機感だけでも期待が抱けずに折れます。
結局はそういうことを知識として得ていて、知恵として自分に落とし込み、いざという時に自分厳しく応用できるか?
普段、何を言おうがいざというときにどうか?が、人が見ている部分ですし、その結果が今自分の周りに誰が居るかだったりします。
そういうことが大事なんだなと、ダイエット希望の元会員様と二言三言話して感じた次第で御座います。
なーーーーーーに起きたってやるしかないという追い込まれた感じでもなく、やりたいから進むだけじゃん??
ダイエットに成功する人はいつでもそうだった気がします。

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