2025.01.13
音楽なしの練習にしていく話
ヤッチの練習ですが、音楽なしの練習にしていこうと思います。
というのも、本日、ヤッチのお父さんとサラエボで話していた際に、お父さんが言っていた→硬かったですね!
やはりなと思いましてね。
私的にはどこからその硬さが出るか?の瞬間はココというのをハッキリわかっていましてね。
試合です
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入場です
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アップテンポな入場曲です
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試合開始です
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最初はシーンとしてます
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ココの時にヤッチは一気に硬くなるのですね。
無意識に試合モードになってしまうのですよ。
お父さんも普段の練習を見ていますので、その動きの違いを感じ取っているということだと思います。
試合モードになると言えば悪くないですが、いつもの動きではないと感じるところから見れば、その緊張感に飲まれているという見方も出来るわけですし、負けていないとはいえ勝ててもいないのならば?自責にして改善をした方が良いですし、試合モードも何もいつも通りエンジョイしてこようね~がエンジョイスタイルです。
私は少し前にヤッチが言っていたことがリンクした瞬間がありましてね。
埼玉のエンジョイ練習会ではカノンが流れ続けています。
その意図は、普段から心穏やかにいつも通りに自分の動きが出来るようにとのことですが、ジムでもカノンを流していたのですよ。
ヤッチがあるときに「俺はテンポ感が欲しいし、そのほうが気分が上がります」と言って音楽を変えたのですよ。
私は別にやり易いようにやれば良いと思いましたので気にも留めませんでしたが・・・
よくよく考えれば
・自分の好きな音楽で上がる
・試合の無音楽で緊張して飲まれた
この対岸にある2つを見れば明白で、ヤッチは音楽に気分を左右されているということが言えますし、赤文字で書いたことと音楽で気分が左右されるということが起きるってことは??
どんなに練習をしても試合前の音楽1つで変なスイッチを入れられたり、逆に入らなかったりと崩れる構造じゃね??という仮説も立つよと。
思い返せば、練習中に音楽が切れるとラウンド終了後すぐに「音楽お願いします!」と言ってくるということは?
「音楽がねぇと上がらないな~」と少なからずラウンド中に考えていたということなので→それが試合だと無音のシーーーンとした序盤の緊張感に飲まれるのは不思議ではないという見方も出来るので、無音空間の中で自分でボクシングの中に楽しさやエンジョイを見つけていく訓練になりはしないかね?と思っているのですね。
音楽に頼らず自分の機嫌は自分で取り、自分の波には自分で乗り、まずは身近のSGCさんやKZMさんとの練習を活気のあるものにしていく力が必要かなと思うんですよね。
年齢なんか関係ないからやってみぃ!!!と。
中田英寿・松井秀喜・本田圭佑なんかの本を読み、消えた天才などのエピソードを調べると、名だたる選手ほど試合になれば先輩もクソも関係なくバンバン指示を出していた&とてつもない頑固者だ思われていた等という逸話も共通してあります。
逆に消えた天才でいうと、そういう後の有名選手と自分のハザマに追いつけない溝を感じて本来の動きを出来なくなってしまった。
なんてことがありますので、どっちになりたいんだい??という話です。
そして、ヤッチにはバンバン言うことも頑固さも実はもう既に持っていて、ただただその出し方が不器用過ぎるというのがこれまでのトラブルの本質だったり、それがブレーキだったりしますのよ。
なので、まず一歩目としてヤッチにはコレが一番必要なのかなと思っています。
例えば、今、マダールやボクシングでの凄まじい上向きな流れは、決して人の縁で今に至るということをないがしろにしている訳ではないですが、、、
猛烈な情熱で偶然をモノにしてきた自分の熱量と行動量に完全に比例するということを実感していますのよ。
ヤッチが上記を身に付け、それをいつ出せば良いのか?試合の時という一択です・・・
大袈裟に言えば、ダーーーーレもヤッチを知らない会場中を自分自身で作り出したエンジョイゾーンに引きずり込むことは実際に戦うヤッチにしか出来ることではないですし、そういう圧倒的な何かが必要なんじゃないのーと思っていますのよ。
これからヤッチが主戦場にしていくであろう場所を考えたら尚更です。
そこまで考えて音楽なし。
自分に入り未体験ゾーンをエンジョイし切って、尚且つ周りも魅了していくことをしてほしいなと思った次第で御座います。
PS
ちなみにベテルビエフのYOUTUBEでも音楽をかけずに練習することの有用性を説いているものがあるので、それが正しいというわけではなく、ヤッチを分類した場合、自分では気づいてはいないけれど?
色々な状況証拠を持ち合わせてみたらヤッチもそのタイプなんじゃないですか?と思っております★
ご一考を!

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