2024.05.15
体を作ることの是非
前の記事のps部分ですが、可哀想だなと思う部分が何故かというと…
どのジムも体を作ることに重きを置いているからなのですよ。
心技体とありますが、体と心だけが先走っているように見えているイメージです。
そこに追い打ちをかける「武道」の精神が絡みだすと「ツライキツイ」だけが正義みたいなところに行き着き「嫌な思い沢山すればok」という結果的に中身が無くなります。
だからと言ってそういうものを否定している訳ではなく、あくまでソレだけになりソレしか見えないことが問題と言いたいのですね。
前提として、ソレはソレで目的をしっかり持つことが重要だからです。
キツサを出す練習というのは、例えば、目的が心肺機能の向上などがありますので、それだけが全てか?となれば違うということです。
日本人はこうだから!!というのは海外かぶれみたいな感じがして全く好きではありませんが・・・
それでも日本人特有の精神世界を重んじすぎて技術が足りないということにフタをして「念ずれば通ずる」と本気で信じていることには疑問が出ます。
偉そうに業界の未来が暗いよとか言いたいのではなく、私のような米粒みたいなもんが見てもそのレベルということは?よほどそうじゃないのかねん??という意味です。
だからチャンスなのですけどね(^^)/
例えば、マッサージなんかを受けるにしても施術者が1日に50人裁ける指のパワーやスタミナがあったとします。(体)
↓
そして向上心もめちゃくちゃりますよと(心)
↓
でもツボは全く心得ていない(技)
いや、体力も熱い向上心もどうでも良いから、まずは目の前の1人のツボを押さえろよ!心と体は連動してるんだからやっていけば同時に伸びるだろうが!!
そこから2・3・4・5・6・7・8・・・50人と勝手になるだろ!!!!!順番が逆だ!!という話です。
よく心技体論争では、体心技だ!いや技心体だ!心技体だ!と言われております。
順番が逆だとは言いましたが、私的には心技体のドコから入るか?みたいなものは、特に子供であれば親のタイミングだったり巡り合わせがるので、個人差があるよねと思っています。
だからこそ技だけは正しくないと元も子もないよねなのだと思いますのよ。
少し前、超有名な格闘家が世紀の一戦みたいなことをしたのですよ。
敗戦後に「俺はこれだけ追い込んで、これだけ体を作った、もう限界、俺は不器用だからこれしか出来ない」と言ったのを聞いて「いや体と心しか作らなかった&不器用だからを自分で言って器用になることをしなかった結果→思い切りカウンターという技の部分で負けただけの話じゃん」と思って冷めたんですのよね。
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